外国名の漢字表記は、明治時代以前から新聞・外交文書・地理書などで使われていた。
現在でも新聞記事やニュースのテロップなどに使用されるが、これらは当て字であり、略字が使われる。これには主にスペース節約を目的として使われる傾向がある。
具体的には、「日米関係・日英同盟・独仏協調・日豪安全保障協力・米中対立・日越外交」
といった形である。
そもそもなぜ「米」がアメリカなのか?
一言で言うと、当て字の「亜米利加」の中から選ばれた1文字である、というのがその理由である。
- 亜 → ❌アジアを連想しやすい
- 米 → ⭕識別に適している
- 利 → ❌他国でも使われる
- 加 → ❌カナダでも使う
つまり、最も識別しやすい「米」が採用されたのである。
同様に、
- 仏蘭西 → 仏
- 独逸 → 独
- 英吉利 → 英
が残ったりした。
このため現代の新聞見出しの
- 「日米首脳会談」
- 「英仏独外相会談」
- 「米中対立」
などは、実は明治時代の当て字文化の名残なのである。
「諾威」でノルウェーになる。
実は昔の当て字は、現在の発音を厳密に再現するものではなかった。
当時は中国語やオランダ語経由の音訳が混ざっているため、
現代日本人から見ると
「どこがノルウェー?」
と思うものも少なくない。
ノルウェーは中国でも現在、
「挪威(Nuówēi)」
と表記し、日本の「諾威」も、中国系の音訳表記の影響を受けたと考えられている。
「諾威」の漢字自体の意味は、
- 諾 = 承諾する
- 威 = 威厳
であるが、国名表記では意味はほぼ関係ないといっていいだろう。
ただ音を借りただけである。
これは、仏蘭西(仏教の国ではない)のと同じである。
漢字表記の歴史的背景
「国名など、専門用語は漢字で書きたい」という当時の人々の心理があったと言われている。
ただし、「専門用語を漢字で書きたい」という単純な理由だけではなく、いくつかの事情が重なっていると考えられている。
① 当時の知識人にとって漢字は「学問の言葉」だった
江戸時代までの日本では、学術・行政・法律・外交の文章は基本的に漢文や漢字中心であった。
明治時代の知識人は、中国の古典を読めることが教養の基本だったため、漢字を使わない表記には違和感があったのである。
たとえば、
- America
- France
- London
とアルファベットで書かれても一般人は読めない。
そこで、
- 亜米利加(アメリカ)
- 仏蘭西(フランス)
- 倫敦(ロンドン)
と漢字化した方が知識層には扱いやすかったのである。
② 活版印刷の都合
明治初期の日本では欧文活字がまだ十分普及していなかった。
新聞や書籍では、「漢字+カナ」で組版する方が圧倒的に楽だった。
そのため外国名も漢字化されたのである。
例えば明治の新聞には、
「英吉利(ノ)公使(ガ)来朝(ス)」
(イギリスの外交官(公使)が、日本の朝廷(天皇)に謁見するためにやって来た)
のような見出しが普通に見られる。
③ 漢字文化圏との共通言語
当時の東アジアでは、
日本・中国・朝鮮・ベトナム
が漢字文化圏であった。
例えば、
- 英国
- 中国
- 印国
と書けば、各国の知識人がおおよそ理解できたのである。
これは漢字を使う文化圏にとっては、現代の英語のような役割である。
④ 「外国語を自国文化に取り込む」感覚
明治の人々は西洋文明を吸収していたが、ただ外国語をそのまま使うよりも、
「日本語として消化する」
ことを重視していた。
国名の当て字も同じ発想で、
外国の概念を漢字文化の枠組みに取り込む
という感覚があったのである。
⑤ 実は「音訳」だけではない例もある
面白いことに、完全な当て字ではなく意味を考慮したものもある。
| 国名 | 漢字 |
|---|---|
| アイスランド | 氷島 |
| モンテネグロ | 黒山国 |
| オランダ | 和蘭 |
| エジプト | 埃及 |
アイスランドの「氷島」は、
- Ice = 氷
- land = 島
を意識した意訳・直訳である。
モンテネグロの「黒山国」は、国名の意味をそのまま訳した直訳(意味訳)である。
「Montenegro」は、イタリア語(ヴェネツィア語由来)で、
- Monte = 山
- Negro = 黒い
であり、つまり「黒い山」という意味である。
これは、この国には森林に覆われた山岳地帯が多く、アドリア海から眺めると山々が黒っぽく見えたことから、ヴェネツィア人が「Monte Negro(黒い山)」と呼ぶようになったとされている。
オランダの「和蘭」は江戸時代から広く使われ、「蘭学」「阿蘭陀船」などの言葉にも名残がある。
エジプトの「埃及」は、中国で外国名を漢字に音写したことに由来する。
語源をたどると、
- 古代エジプト語:Hwt-ka-Ptah(プタハ神の館)
- ギリシャ語:Aigyptos(アイギュプトス)
- ラテン語:Aegyptus(アイギュプトゥス)
- 英語:Egypt(イージプト)
という変化を経ている。
中国では、このAigyptosやAegyptusに近い音を漢字で表そうとして「埃及」が採用された。
江戸時代から明治初期にかけて、日本は中国の地理書や辞典を多く参考にしており、
「埃及」も例外ではなく、中国の表記をそのまま受け入れ、日本の新聞や教科書でも使うようになったとされている。
「埃(ほこり)」や「及ぶ」という漢字の意味は関係ないというらしいが、意訳のように思えてくるのは筆者だけだろうか。
なぜこれらの漢字表記が消えたのか?
戦後になると、
- カタカナ教育の普及
- 英語教育の普及
- 国際化
が進み、その結果、
- 亜米利加 → アメリカ
- 仏蘭西 → フランス
- 独逸 → ドイツ
の方が「分かりやすい」となり、当て字は急速に衰退したのである。
ただし名残として、
- 米国
- 英国
- 仏国
- 独国
- 豪州
などは現在も新聞や外交文書で使われている。
外国名漢字表記一覧
- 西欧
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| イギリス | 英国 | 英吉利 |
| フランス | 仏国 | 仏蘭西 |
| ドイツ | 独国 | 独逸 |
| オランダ | 蘭国※ | 和蘭 |
| イタリア | 伊国※ | 伊太利亜 |
| ベルギー | 白国※ | 白耳義 |
| ルクセンブルク | ― | 盧森堡 |
| アイルランド | 愛国※ | 愛爾蘭 |
| スイス | 瑞国※ | 瑞西 |
| オーストリア | 墺国※ | 墺太利 |
| リヒテンシュタイン | ― | 列支敦士登 |
| モナコ | ― | 摩納哥 |
- 北欧
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| スウェーデン | 瑞典 | 瑞典 |
| ノルウェー | 諾国※ | 諾威 |
| デンマーク | 丁国※ | 丁抹 |
| フィンランド | 芬国※ | 芬蘭 |
| アイスランド | ― | 氷島 |
- 東欧・バルカン
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| ポーランド | 波国※ | 波蘭 |
| チェコ | 捷国※ | 捷克 |
| スロバキア | ― | 斯洛伐克 |
| スロベニア | ― | 斯洛文尼亜 |
| クロアチア | ― | 克羅地亜 |
| セルビア | ― | 塞爾維亜 |
| ボスニア・ヘルツェゴビナ | ― | 波斯尼亜 |
| ルーマニア | 羅国※ | 羅馬尼亜 |
| ブルガリア | 勃国※ | 勃牙利 |
| アルバニア | ― | 阿爾巴尼亜 |
| ハンガリー | 洪国※ | 洪牙利 |
| モンテネグロ | 黒山国(旧表記) | 黒山国 |
- 北アメリカ
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| アメリカ | 米国 | 亜米利加 |
| カナダ | 加国※ | 加奈陀 |
| メキシコ | 墨国 | 墨西哥 |
- 中央アメリカ・カリブ海
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| キューバ | 古国※ | 古巴 |
- 南アメリカ
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| ブラジル | 伯国 | 伯剌西爾 |
| アルゼンチン | ― | 亜爾然丁 |
| チリ | 智国※ | 智利 |
| ペルー | 秘国※ | 秘魯 |
| コロンビア | ― | 哥倫比亜 |
| ベネズエラ | ― | 委内瑞拉 |
- 東アジア
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| 中国 | 中国 | 支那(旧称・現在は不使用) |
| 韓国 | 韓国 | 韓国 |
| モンゴル | 蒙古 | 蒙古 |
- 東南アジア
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| タイ | 泰国 | 泰国 |
| ベトナム | 越南 | 越南 |
| ラオス | ― | 老撾 |
| カンボジア | ― | 柬埔寨 |
| ミャンマー | ― | 緬甸 |
| マレーシア | ― | 馬来西亜 |
| シンガポール | ― | 新嘉坡 |
| インドネシア | ― | 印度尼西亜 |
| フィリピン | 比国 | 比律賓 |
- 南アジア
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| インド | 印国※ | 印度 |
| パキスタン | ― | 巴基斯坦 |
| ネパール | ― | 尼泊爾 |
| バングラデシュ | ― | 孟加拉 |
| アフガニスタン | ― | 阿富汗 |
- 中東
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| イラン | ― | 伊朗 |
| イラク | ― | 伊拉久 |
| サウジアラビア | ― | 沙地阿剌伯 |
| シリア | ― | 叙利亜 |
| レバノン | ― | 黎巴嫩 |
| イスラエル | ― | 以色列 |
| ヨルダン | ― | 約旦 |
| クウェート | ― | 科威特 |
- アフリカ
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| エジプト | 埃国※ | 埃及 |
| アルジェリア | ― | 阿爾及利亜 |
| エチオピア | ― | 埃塞俄比亜 |
| ケニア | ― | 肯尼亜 |
| タンザニア | ― | 坦桑尼亜 |
| ナイジェリア | ― | 尼日利亜 |
| 南アフリカ | 南阿国※ | 南阿弗利加 |
- オセアニア
| カタカナ | 略字・現代表記 | 当て字 |
|---|---|---|
| オーストラリア | 豪州※2 | 濠太剌利 |
| ニュージーランド | ― | 新西蘭 |
※現代ではこれらの表記が使われることは稀である。
※2オーストラリアだけは伝統的に
- 豪国
- 豪州
の両方が使われたが、現在は豪州が圧倒的に一般的である。
これはオーストラリアが連邦国家(Federation)であり、国内に複数の州(State)があることも影響したと言われている。また、「濠」は画数が多く書きにくいため、新聞などでは同じ読みの豪が略字として使われるようになった。
都市名版漢字表記一覧(有名なもの)
| カタカナ | 漢字 |
|---|---|
| ロンドン | 倫敦 |
| パリ | 巴里 |
| ニューヨーク | 紐育 |
| ベルリン | 伯林 |
| ローマ | 羅馬 |
| モスクワ | 莫斯科 |
| ワシントン | 華盛頓 |
| サンフランシスコ | 桑港 |
| ロサンゼルス | 羅府 |
| シドニー | 悉尼 |
| ウィーン | 維也納 |
| マドリード | 馬徳里 |
| リスボン | 里斯本 |
特に
- 倫敦
- 巴里
- 紐育
は、明治・大正・昭和前期の新聞や小説を読むと頻繁に登場し、「英吉利」「仏蘭西」「亜米利加」と並ぶ有名な当て字である。さらに都市名を掘ると、「聖市(サンパウロ)」「里約(リオデジャネイロ)」「阿姆斯特丹(アムステルダム)」など、漢字文化圏ならではの味わい深いものがたくさんある。
中国での表記と日本での表記が同じ国は?
中国語(簡体字・繁体字では字体が異なる場合あり)では、多くの国名が漢字で表記される。そのうち、日本の昔の当て字とほぼ同じ、あるいは完全に同じものが多く存在する。
これは、江戸時代まで、日本は外国に関する情報の多くを中国経由で得ていたことにある。
例えば、
- エジプト
- インド
- ペルシャ
- 東南アジア諸国
などは、中国の書物や地図にすでに漢字名があった。
そのため、日本人は新たに考える必要がなく、そのまま拝借したのである。
| カタカナ | 日本の表記 | 中国語表記 | 一致/不一致 |
|---|---|---|---|
| 中国 | 中国 | 中国 | ○ |
| 韓国 | 韓国 | 韩国(韓國) | ○ |
| モンゴル | 蒙古 | 蒙古 | ○ |
| ベトナム | 越南 | 越南 | ○ |
| タイ | 泰国 | 泰国(泰國) | ○ |
| カンボジア | 柬埔寨 | 柬埔寨 | ○ |
| ラオス | 老撾 | 老挝(老撾) | ○(字体違い) |
| ミャンマー | 緬甸 | 缅甸(緬甸) | ○(字体違い) |
| シンガポール | 新嘉坡 | 新加坡 | △(一文字違う) |
| インド | 印度 | 印度 | ○ |
| パキスタン | 巴基斯坦 | 巴基斯坦 | ○ |
| ネパール | 尼泊爾 | 尼泊尔(尼泊爾) | ○(字体違い) |
| バングラデシュ | 孟加拉 | 孟加拉国 | △(「国」が付く) |
| アフガニスタン | 阿富汗 | 阿富汗 | ○ |
| イラン | 伊朗 | 伊朗 | ○ |
| イラク | 伊拉久 | 伊拉克 | × |
| イスラエル | 以色列 | 以色列 | ○ |
| ヨルダン | 約旦 | 约旦(約旦) | ○(字体違い) |
| クウェート | 科威特 | 科威特 | ○ |
| エジプト | 埃及 | 埃及 | ○ |
| エチオピア | 埃塞俄比亜 | 埃塞俄比亚(埃塞俄比亞) | ○(字体違い) |
| ケニア | 肯尼亜 | 肯尼亚(肯尼亞) | ○(字体違い) |
| タンザニア | 坦桑尼亜 | 坦桑尼亚(坦桑尼亞) | ○(字体違い) |
| ナイジェリア | 尼日利亜 | 尼日利亚(尼日利亞) | ○(字体違い) |
| アルジェリア | 阿爾及利亜 | 阿尔及利亚(阿爾及利亞) | ○(字体違い) |
| ベルギー | 白耳義 | 比利时(比利時) | × |
| フランス | 仏蘭西 | 法国(法國) | × |
| ドイツ | 独逸 | 德国(德國) | × |
| イギリス | 英吉利 | 英国(英國) | △(略称が正式名称に) |
| アメリカ | 亜米利加 | 美国(美國) | × |
| ロシア | 露西亜 | 俄罗斯(俄羅斯) | × |
| オーストラリア | 濠太剌利 | 澳大利亚(澳大利亞) | × |
| ニュージーランド | 新西蘭 | 新西兰(新西蘭) | ○(字体違い) |
| スイス | 瑞西 | 瑞士 | × |
| ポルトガル | 葡萄牙 | 葡萄牙 | ○ |
| スペイン | 西班牙 | 西班牙 | ○ |
| メキシコ | 墨西哥 | 墨西哥 | ○ |
| ブラジル | 伯剌西爾 | 巴西 | × |
| キューバ | 古巴 | 古巴 | ○ |
| チリ | 智利 | 智利 | ○ |
| ペルー | 秘魯 | 秘鲁(秘魯) | ○(字体違い) |
| コロンビア | 哥倫比亜 | 哥伦比亚(哥倫比亞) | ○(字体違い) |
| ベネズエラ | 委内瑞拉 | 委内瑞拉 | ○ |
| ルクセンブルク | 盧森堡 | 卢森堡(盧森堡) | ○(字体違い) |
| リヒテンシュタイン | 列支敦士登 | 列支敦士登 | ○ |
| モナコ | 摩納哥 | 摩纳哥(摩納哥) | ○(字体違い) |
以下は、西欧の大国は日本と中国で表記が大きく分かれているものもある。
- アメリカ:亜米利加(日本)⇔ 美国(中国)
- フランス:仏蘭西(日本)⇔ 法国(中国)
- ドイツ:独逸(日本)⇔ 德国(中国)
- ロシア:露西亜(日本)⇔ 俄罗斯(中国)
- オーストラリア:濠太剌利(日本)⇔ 澳大利亚(中国)
などは、音訳の漢字の選び方が異なる代表例である。
まとめ
- 日本独自に作られたもの:亜米利加、英吉利、仏蘭西、独逸、露西亜など。
- 中国から受け継いだもの:印度、蒙古、越南、泰国、埃及、葡萄牙、西班牙など。
- 現地がもともと漢字名を使っていたもの:中国、韓国、越南など。
いかがだっただろうか。
学術的に見ると、明治の当て字文化は単に読みやすくするためではなく、
「西洋の知識や地名を漢字文化圏の知的体系へ翻訳・編入する試み」
として理解されている。
ゆえに、「亜米利加」「仏蘭西」は単なる珍しい当て字ではなく、明治日本の近代化そのものを象徴する言葉とも言えるのである。
