英語圏の愛称(nickname)は、単純に短くするだけでなく、発音遊びや韻(いん)を踏む文化から生まれたものがたくさんある。
その結果、元の形から想像もつかないような短縮形(愛称)になることがあって面白い。
まず、その中で有名な Robert → Bob、William → Bill から見て行こう。
解説
Bob
ロバートがボブになるプロセスは、「短縮」と「頭文字のライミング(韻踏み)」の2つのステップで説明できる。
- ステップ1:まずは後ろをカッ
- ト(ロブへ)
中世(13〜14世紀頃)のイギリスでは、名前を短くして親しみを込めて呼ぶのが流行した。そこで、まず Robert の後ろを削って Rob(ロブ) になった。
- ステップ2:頭文字を似た音に変える(ボブへ)
当時、そうこうしている内に同じコミュニティの中に「ロブ」という名前の人が溢れかえってしまった。そこで人々は、さらに区別しやすく、かつ呼びやすくするために、頭文字を別の文字に置き換える遊び(ライミング)を始めた。 「R」の音を、口を破裂させて発音しやすい「B」に変えた結果、Bob(ボブ) が誕生した。同様に「H」に変えた Hob(ホブ)や Dob(ドブ)という短縮形も当時はあったが、最終的に Bob(ボブ)が生き残ったのである。
Robert → Rob → Bob という変化である。
Bill
こちらも同じパターンで
William → Will → Bill という変化である。
- ステップ1:William を短縮して Will
- ステップ2:Will だらけになってしまったため、頭文字を変えた韻遊び(ライミング)で Bill が定着
ウィリアムは当時、超がつくほど人気の名前だった(1066年にイングランドを征服したウィリアム征服王の影響)。
また、当時は今ほど名前の種類が多くなく、
- William
- John
- Richard
- Robert
だらけだったので、呼び分けるために愛称が大量に作られた。
例えば村に William が3人いたら
- William
- Will
- Bill
と呼び分けることも多かった。
💡なぜ「B」の音が選ばれたの?
なぜどちらも「B」に変化したのかというと、人間の発声の仕組みが関係している。
「B」や「P」「M」などの音は、両唇音(りょうしんおん)といって、一度唇を完全に閉じてから発音する音であり、これらは赤ちゃんが最初に覚える音(ママ、パパ、ブーブーなど)でもあり、人間にとって非常に発音しやすく、親しみを感じやすい音である。そのため、愛称を作るときに好んで使われたのである。
有名な例
| 名前 | 愛称(短縮形、語尾追加系※、頭文字置換系) |
|---|---|
| Robert | Rob, Bob, Bobby |
| William | Will, Bill, Billy |
| John | Johnny, Jack |
| Edward | Ed, Eddie, Ted, Teddy |
| Margaret | Meg, Maggie, Peg, Peggy, Margo, Greta |
| Elizabeth | Eliza, Liz, Lizzy, Beth, Betty, Betsy, Bess, Bessie, Ellie |
| Mary | Molly, Polly |
| Richard | Rick(リック、リッチ), Dick |
| James | Jim, Jimmy |
| Thomas | Tom, Tommy |
| Charles | Charlie, Chuck |
| Katherine / Catherine | Kate, Katie, Kathy, Kat, Kitty |
| Henry | Harry |
| Martha | Mattie, Pattie |
※語尾追加系:短縮形に -y や -ie を付けるパターン
💡トリビア
- 「スライムベス」
初期のドラゴンクエストシリーズのモンスターで、オレンジ色のスライムといえば、この名前で知られているが、開発初期の設定では「スライムエリザベス」と名付けられており、そこから略されて「スライムベス」になったというエピソードが残されている。
その他にも、
- 「ジョン・F・ケネディ」→ 通称「JFK」ないし、愛称「ジャック」で呼ばれることも多い
- 「ビル・クリントン」→ Bill は本名ではなく、正式名 William Jefferson Clinton に由来している
などが、知られている。
- 予測不可能に近い「Jack」
現代では Jack は John の愛称というより、独立した名前 として認識されることが増えている。
昔なら John から Jack という説明が自然だったが、現在の出生届では最初から Jack と名付けるケースが非常に多くなっているという。
また、英語圏でも系譜を知らない若い世代は、「なぜそうなるのか説明できないけど昔からそう呼ぶ」ということも少なくないそうだ。
では最後に、その「予測不可能」に近い
- John(ジョン)→ Jack(ジャック)
- Mary(メアリー)→ Polly(ポリー)
についても少し触れておこう。
Jack
ジョンからジャックへの変化は、これまでに紹介した「単に音を入れ替える」のとは少し違う。
中世の「フランス語の影響」と「言葉の縮み方」が絶妙に絡み合っている。
- ステップ1:フランスから来た「ヤン」という響き
中世、イギリスはフランス(ノルマン人)に征服され、フランス語の名前や文化が大量に入ってきた。当時、聖書由来の「ジョン(John)」に相当するフランス語圏の名前(フランドル地方など)に Jan(ジャン/ヤン) があった。
- ステップ2:「〜ちゃん」をつける感覚(指小辞)
当時のヨーロッパでは、名前の後ろに “-kin” という言葉をつけて「小さいもの、愛らしいもの(日本語の〜ちゃん、〜くん)」を表す流行があった。これにより、Jan(ジャン)に “-kin” がくっついて Hankin(ハンキン) や Jankin(ジャンキン) という愛称が生まれる。
- ステップ3:早口で言っているうちに…
この Jankin(ジャンキン) を中世の人々が日常で早口で呼んでいるうちに、だんだんと後ろが省略されて Jackin(ジャッキン) になり、最終的にさらに縮んで Jack(ジャック) になった。
John(フランス風に Jan) → Jankin(ちゃん付け) → Jackin → Jack(ジャック)
という流れである。
あまりにも「ジャック」という愛称が一般的になりすぎたため、中世のイギリスでは「ジャック」といえば「普通の男、一般男性」を指す代名詞にもなった(トランプのJや、豆の木を登る「ジャックと豆の木」のジャックがその名残である)。
Polly
こちらは女性の名前で、短縮形ではなく、他と同じライミングである。
- ステップ1:愛称が「モリー」になる
中世、Mary の愛称として Molly(モリー) や Mally(マリー) が使われるようになった(Rの音よりLの音の方が滑らかに発音できるため)。
- ステップ2:頭文字を「M」から「P」へ
マーガレット(Meg → Peg)などと全く同じ現象で「Molly」の頭文字を「P」に変えて、Polly(ポリー) になった。
Mary → Molly → Polly(ポリー)
という流れである。
“Grandma Mary always signs her letters as ‘Polly‘ because that was her childhood nickname.” (「メアリーおばあちゃんは、子供の頃のあだ名だからって、手紙にはいつも『ポリー』ってサインするんだ」)