手応えや効果がまったくないことのたとえ6選

時に、日本語の比喩表現について、そのバリエーションの多さにおどろくことがある。
「手応えや効果がまったくないことのたとえ」は、まさにその例である。

実は、これらは生まれた背景(由来)を考えることによって、微妙な違いが見えてくる。

分かりやすくこれらを3つのグループに分類して、解説しよう。

1.物理的な「柔らかさ」が原因のもの

豆腐に鎹(とうふにかすがい)

「鎹(かすがい)」とは、木材と木材を強固に繋ぎ止めるためのコの字型の太い鉄釘のことである。家を建てるような頑丈な道具を、よりによって一番柔らかい「豆腐」に打ち込もうとしたら……。すると、「鎹(かすがい)」が何の抵抗もなくするりと突き抜けてしまい、固定する役目を全く果たさない、というユーモラスな例えから生まれたものである。

糠に釘(ぬかにくぎ)

「糠(ぬか)」は、米を精米するときに出る細かな粉が詰まったものである。発酵した糠床(ぬかどこ)をイメージすると分かりやすいが、あのドロドロ・フカフカした塊に固い釘をカンカンと打っても、音も手応えもなく、ただ糠の中に埋もれて消えてしまうのである。

暖簾に腕押し(のれんにうでおし)

お店の入り口にかかっている「暖簾(のれん)」は、風に揺れるほど軽い布である。これに対して「よし、押すぞ」と腕に力を入れて押しても、暖簾はただヒラリと逃げるだけで、押した感覚すらないだろう。相手に強い意志や手応えを期待したのに、肩透かしを食らった様子から来ている。

2.受け手の「態度・メンタル」が原因のもの

馬耳東風(ばじとうふう)

中国・唐代の詩人である李白の詩が由来である。「東風」とは春風のことで、人間なら「あぁ、温かい春が来たな」と喜ぶところだが、馬の耳に春風が吹きつけても、馬は何の感慨も抱かず完全に無視しているように、「他人の批評や風評を全く気にしない」という様子から生まれたもの。

蛙の面に水(かえるのつらにみず)

カエルはもともと水辺に住む生き物なので、顔(面)に水をピシャリとかけられても、驚きもせず、嫌がりもせず、平気な顔をしている。普通の人なら恥じ入ったり怒ったりする場面で、不敵なほど平然としている態度を皮肉った表現である。

3.アプローチの「量」が原因のもの

焼石に水(やけいしにみず)

カンカンに熱した大きな石に、コップ1杯の水を少しかけたところで、一瞬で蒸発してしまい、石は熱いままである。問題の規模(借金や大きなトラブルなど)が大きすぎて、少々の対策やお金を投じたところですべて消えてしまい、状況が好転しない絶望感から生まれた言葉である。

ニュアンスの違いと例文

意味は「手応えや効果がまったくないこと」でもニュアンスは異なる。

ことわざニュアンス例文
豆腐に鎹何をしても手応えがなく、効き目がない何度ルールを説明しても同じミスを繰り返す。こちらの注意は 豆腐に鎹 だ。
②暖簾に腕押し手応えがなく、張り合いがない彼に改善案を出しても「そうですね」と言うだけで何も変わらない。まるで 暖簾に腕押し だ。
③糠に釘手応えがゼロで無駄、
努力や工夫が無駄になる
締切を守るよう毎週言っているが効果がなく、完全に 糠に釘 になっている。
④馬耳東風人の意見や忠告を聞き流す周囲が健康診断を受けるよう勧めても、彼は 馬耳東風 で聞き流している。
⑤蛙の面に水図太くて平気な顔をする遅刻を厳しく叱られても本人は涼しい顔で、まさに 蛙の面に水 だ。
⑥焼石に水量が足りず無意味家賃が月3万円上がるのに、補助が月1,000円だけでは 焼石に水 だ。

💡 ニュアンスのまとめ

①〜③(手応えなし)は、自分のアプローチが相手に響かず、がっかり・徒労感があるときに使う。

④〜⑤(スルー)は、相手の「聞いていない(無関心)」または「反省していない(図太い)」という態度を非難・呆れるときに使う。

⑥(量不足)は、相手の態度ではなく、「圧倒的にリソース(時間・人手・金)が足りない絶望的状況」に使う。

ちなみに

「豆腐に鎹」「暖簾に腕押し」「糠に釘」

これらは、ほぼ同じ意味だが、

江戸時代には、

「暖簾に腕押し、糠に釘」

と並べて使われることもあった。

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